走れオタク
オタクは激怒した。
必ず、かの邪智暴虐の悪いフォロワーを怒らなければならぬと決意した。
オタクにはキャスがわからぬ。オタクは、村の社畜である。汗をかき、上司と酒を飲んで暮して来た。けれどもキャスに対しては、人一倍に敏感であった。
きょう未明オタクは村を出発し、野を越え山越え、3時間かけてラーメンを食べににやって来た。オタクには友も無い。女房も無い。オタクは、それゆえ、ラーメンを食べに、はるばるやって来たのだ。
先ず、そのラーメンを食べ、それから帰り道をぶらぶら歩いた。オタクには心の拠り所があった。良いフォロワーたちである。今は此の楽しいTwitterランドで、Twitterをしている。
その良いフォロワーたちのTLを、これから訪ねてみるつもりなのだ。久しく逢わなかったのだから、訪ねて行くのが楽しみである。
歩いているうちにオタクは、TLの様子を怪しく思った。ひっそりしている。もう既に日も落ちて、TLが暗いのは当りまえだが、けれども、なんだか、夜のせいばかりでは無く、TL全体が、やけに寂しい。のんきなオタクも、だんだん不安になって来た。
路で逢ったFF外をつかまえて、何かあったのか、二時間まえに此のTLに来たときは、夜でも皆が歌をうたって、TLは賑やかであった筈はずだが、と質問した。
FF外は、首を振って答えなかった。しばらく歩いて相互に逢い、こんどはもっと、語勢を強くして質問した。相互は答えなかった。オタクは両手で相互のからだをゆすぶって質問を重ねた。相互は、あたりをはばかる低声で、わずか答えた。
「悪いフォロワーは、キャスをしてます。」
「なぜキャスをするのだ。」
「仲の良いフォロワーと会ってリアルコラボをしておるのです。」
「たくさんキャスをしたのか。」
「はい、はじめはオフ会を。それから、肉を食らいを。それから、酒を。それから、カラオケを。それから、キャスを。」
「おどろいた。悪いフォロワーは乱心か。」
「いいえ、乱心ではございませぬ。このごろは、リスナーの心をも、魅了し、生粋のトーク力、抜群の歌唱力を武器にきょうは、六人を虜にされました。」
聞いて、オタクは激怒した。
「ホントに悪いフォロワーだ。すぐに聞きに行かなければ。」
オタクは、単純な男であった。バッテリーが残り数%の状態で、のそのそツイキャスビューアーにはいって行った。
たちまちオタクのスマホの電源は落とされた。すぐさま充電をして、キャスを聞いたらもうほぼ終わりの状態だった。
しぶしぶオタクは懐中からツイートを出したが、騒ぎが大きくなってしまった。オタクは、悪いフォロワーの前に引き出された。
「このツイートで何をするつもりであったか。言え!」
悪いフォロワーは静かに、けれども威厳を以もって問いつめた。その悪いフォロワーの顔は蒼白で、眉間みけんの皺しわは、刻み込まれたように深かった。
「キャスがほとんど聞けなかった腹いせに。」とオタクは悪びれずに答えた。
「おまえがか?」悪いフォロワーは、憫笑した。
「仕方の無いやつじゃ。おまえには、わしのキャスがわからぬ。」
「言うな!」とオタクは、イキり立って反駁した。
「人の心を疑うのは、最も恥ずべき悪徳だ。悪いフォロワーは、俺の感性さえ疑って居られる。」
「疑うのが、正当の心構えなのだと、わしに教えてくれたのは、おまえたちだ。人の心は、あてにならない。人間は、もともと私慾のかたまりさ。信じては、ならぬ。」
悪いフォロワーは落着いて呟き、ほっと溜息をついた。
「わしだって、平和を望んでいるのだが。」
「なんの為の平和だ。俺がキャス聞き逃したのだぞ。何が平和だ。」
こんどはオタクが嘲笑した。
「だまれ、下賤の者。」
悪いフォロワーは、さっと顔を挙げて報いた。
「口では、どんな清らかな事でも言える。わしには、人の腹綿の奥底が見え透いてならぬ。おまえだって、いまに、磔になってから、泣いて詫びたって聞かぬぞ。」
「ああ、悪いフォロワーは悧巧だ。自惚れているがよい。私は、ちゃんと死ぬる覚悟で居るのに。命乞いなど決してしない。ただ、――」
と言いかけて、オタクは足もとに視線を落し瞬時ためらい、
「ただ、私に情をかけたいつもりなら、処刑までに三日間の日限を与えて下さい。特に理由はありませんが。三日のうちに、必ず、ここへ帰って来ます。」
「ばかな。」
と悪いフォロワーは、嗄がれた声で低く笑った。
「とんでもない嘘を言うわい。逃がした小鳥が帰って来るというのか。」
「そうです。帰って来るのです。」
オタクは必死で言い張った。
「私は約束を守ります。私を、三日間だけ許して下さい。そんなに私を信じられないならば、よろしい、このTwitterに良いフォロワーがいます。私のフォロワーだ。あれを、人質としてここに置いて行こう。私が逃げてしまって、三日目の日暮まで、ここに帰って来なかったら、良いフォロワーを絞め殺して下さい。たのむ、そうして下さい。」
ーーそうしてオタクは帰ってこなかった。
~fin~